『Mommy/マミー』(2024/日):和歌山カレー事件は冤罪なのか?
監督:二村真弘
1998年に日本中を騒然とさせた和歌山毒物カレー事件を検証するドキュメンタリー。

和歌山カレー事件は当時かなりセンセーショナルだったので、林眞須美といえば中年世代以上なら誰でも知っている名前だ。本件は動機もなく物的証拠もない中、状況証拠だけで死刑判決が下されている。死刑囚長男の発信もあり、最近では冤罪の可能性が取り上げられるようになっている。リアルタイムな世代としては、とても興味がある話題である。何も知らない人にはぜひ観て欲しいし、映画でなくともネット上で多くの情報が出ているので調べてみて欲しい。
さて、映画としてどうだろう。二村監督は自身のyoutubeチャンネルに同テーマの動画をアップしており、同じ場面が映画にも使われていたりする。むしろ、youtubeの方が詳しく、映画では触れられていない事柄も取り上げている。また、京大の河合教授のコメントなどは、別の番組で映画より詳しく語られていたりもする。こういった予備知識を持っている人が、チケット代を払って単館上映の映画館まで足を運んでいる。何も知らずに劇場で知って衝撃を受けているような人は相当珍しい。とすると、この映画の観客は映画特有のスペシャルな何かを期待していたはずだ。少なくとも、youtubeでは見ることのできないものを。「マミー」というタイトルで、眞須美死刑囚の故郷から始まる。もっともっと死刑囚の人間性を浮き彫りにするような、拘置所にいる現状がイメージできるような作品に期待が膨らんだが、尻すぼみに終わった感は拭えなかった。
ヒ素の鑑定を行った中井教授が登場する点は大きな収穫だ。
『風が吹くとき』(1986/英):実在する核戦争マニュアルをベースに核の恐怖を描いた
監督:ジェームズ・T・ムラカミ
日本語版監修:大島渚
イギリスの片田舎で平穏に暮らすジムとヒルダの夫婦。新たな世界大戦が勃発すると、ジムは政府のパンフレットに従い、屋内シェルターを作って核に備える。ほどなくして核爆弾が発射され、凄まじい爆風に襲われる。周囲が瓦礫になった中で生き延びた2人は、政府の教えに従ってシェルターでの生活を始めるが……。

『スノーマン』などで知られるイギリスの作家レイモンド・ブリッグス原作。絵本のような愛らしいタッチの登場人物、イギリスの片田舎ののどかな風情、お人好しの老夫婦のユーモアあふれる会話……入口の入り易さは他の多くの戦争映画の追随を許さない。それだけに、原爆が落ちた後の世界が一層恐ろしく感じられる。
登場人物はほぼ夫婦だけで、周囲には他の家もない孤立無援の片田舎。だから、都市部が攻撃された場合とは異なり、被爆から何日が経っても2人きりなのだ。最初は外傷もなく健康なのだが、次第に体が放射能に蝕まれやがて死ぬまでの変化を2人の会話劇のみによって表現される。ラストは印象的で、なかなか脳裏を離れない描写だ。
ところで、主人公は政府発行のパンフレットを参考に核攻撃に備えるのだが、調べてみると、これが事実であると知った。イギリス政府は1976年に『Protect and Survive(防護と生存)』というパンフレットを公開していて、日本語版もネットで見ることができた。室内シェルターも随分変テコなアイデアだと思ったが、本当にそのパンフレットに書かれていたのでぶったまげた。ちょうど冷戦中でそんな緊張感があった時期なのだろう。その緊張感は今どこへ行ったのだろう。日本では学校でよく反戦映画を観させられたが、欧米ではどうなのだろう。せっかく80年代に作った素晴らしい映画が、これからも世界中で観られることを願うばかりだ。

『ドライブ・マイ・カー』(2021/日):アカデミー作品賞にノミネートされ、世界的に高評価の嵐!
監督:濱口竜介
妻を突然亡くした舞台俳優・演出家の家福。二年後、喪失感の拭いきれない彼は、演出を任された演劇祭に愛車で向かった先で、専属ドライバーのみさきに出会った。口数の少ない彼女が運転する愛車で過ごす時間の中で、家福は妻の残した秘密に向き合っていく……

アカデミー作品賞にノミネートされたことで話題になった一作。国際長編映画賞を受賞したほか、カンヌなどでも高く評価された。海外では高く評価されるが国内ではイマイチという現象がよくあるが、本作もその部類。けっして「日本人は見る目がない」なんて思いませんが……。
多言語演劇・マイカー・妻の声が入ったカセットテープなどを小道具として上手く使い、チェーホフ劇のようなとっつきにくい題材を扱いながらも3時間飽きさせずに突っ走らせる脚本は本当によく練られていて、かなりの労作だと思う。ただ、会話の積み重ねで心情が変化していく中で、いささか作者都合の作為的な部分が気になって、あまり乗れなかった。なんて言うか、人物が行動してるんじゃなくて、作者が行動させてる感じ。たとえば、何で北海道に行く必要があったのか(外国人にはこの距離感は気にならないでしょうが)? ドライバーみさきの故郷である北海道なのに、そこで家福は長々と自分語りして、自分の中では何か解決する。そして、ラストシーンに繋がる。なんでこれで解決できたのかさっぱり分からなかった。
この物語のキーパーソンは明らかに若手俳優の高槻。彼の登場が家福を過去へと引きずり戻したのだから(妻の死から2年が経ち、おそらく日常を取り戻していたはず)。高槻と会った時の心の揺れは、終始とても良く描けていた。一方で、後ろ向きな家福を前に向かせることになるのがみさきとの話になるが、こちらはちょっと弱く感じた。みさきが過去を語り、それを聞いて家福が何か考えるという繰り返し。みさきのキャラ自体がストーリーを進めるために逆算して作り上げられた感が拭えず、あまり魅力を感じなかった。
